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伝えたい!美味しいこだわり食材

厳しい選択眼を持ったプロが太鼓判!職人の心が伝わる、誠実に作られた“ほんものの食材”をご紹介

「おいしくて安全な食べものを食卓に」海苔編(連載 第4回)

[2009年2月6日(金)]

  1. 関連講座

「おいしくて安全な食べものを食卓に」届けるために生産者、流通、消費者の架け橋をめざす「食の学校」を主宰する塩川恭子さんに、私たちの暮らしになくてはならない食材をご紹介いただきます。“丁寧につくられた食材”コラムの第4弾です。

イメージ摘採間近の海苔

海苔

巻き寿司、おむすび、お茶漬け。海苔は日本の伝統的な食品として常に身近にありました。最近は海から生まれた健康食として欧米でも注目されています。海苔といえばすぐ連想されるのが「アサクサ海苔」。この知名度抜群の海苔、実は絶滅の危機にさらされているのです。アサクサ種は学術的にいうとアマノリ類。日本で摘れるアマノリは甘い香りがあって噛むとかすかに甘味を感じる。だから甘海苔と呼ばれてきたそうです。ただこの品種は海水の汚染や水温の変化に非常に弱く、病気になりやすい。環境汚染が広がるにつれて徐々に姿を消してきたのです。

現在日本で流通している海苔は「スサビ海苔」という品種。アサクサ種に較べるとやや硬く味が落ちますが、色が黒く艶もいい。多少の環境変化、病気にも強く収穫量も多い。「安く、早い、大量に」という利便さが受けて、業務用中心に瞬く間に主流になってしまいました。

後押ししたのは海苔養殖に今や不可欠とさえいわれるようになった「酸処理」という作業です。

イメージ天日干し。晴れた日で4時間。乾いてくるとパリッパリッとスノコからはがれる音がしてくる。

海の農薬といわれる酸処理

海苔は海の栄養分と太陽の恵みで育てられます。海苔養殖には干潮時に毎日数時間の干出(かんしゅつ)が必要。いわばこの日光浴で栄養分が豊富な海苔が育つのですが、生産者にとってはなかなか大変な作業。干出している間は成長が止まるので収穫量も上がらない。この手間を軽減し救ったのが海の農薬といわれる「酸処理」。いわばこの救い主とも思えた酸処理ですが、使用する際の約束事が守られず、逆に海を汚してしまうという新たな問題になったのです。

イメージタネ付けの終わった網を海上に張って海苔ヒビ(海苔の畑)をつくる。

アサクサ種を守る人々

鹿児島県出水市。ここに幻の海苔といわれる「出水アサクサノリ野口種」という在来品種の海苔を守りながら、つくり続ける人たちがいます。リーダー格の古賀重美さんは残念ながら昨年急逝しましたが、「酸処理は行わない、手摘み、手すき、天日干し」にこだわり続けた古賀さんの想いを継ごうという方たちです。この出水の浜(福ノ江浜)は広葉樹林帯が生み出す背後の山から栄養豊富な水が伏流水として湧いてくるところ。その水が海のプランクトンを育てるため、豊かな漁場、宝の海といわれてきました。

「海苔は海と太陽、そして愛情が育てる」が持論だった古賀重美さん、不自然なもの、海を汚すものは使わないという想いは、この福ノ江浜でしっかりと受け継がれます。

イメージ島内さんとグループのメンバー

スサビ海苔と酸処理が海苔養殖の常識となってしまった佐賀県有明湾でも、酸に頼らずにアサクサノリを守ろうとしている人たちがいます。

佐賀県西与賀の島内啓次さんとそのグループ。佐賀は海苔の生産量日本一。質のいい美味しい海苔の産地として知られていました。酸処理の導入には最後まで消極的でしたが、海苔の病気による収穫減が続き、ついに酸処理解禁に踏み切ったという状況がありました。その中で、酸処理に頼らず伝統の海苔づくりをしたいという想い、そして目の当たりにした海の汚染。島内さん達は地域の仲間や酸処理が常識という流れに抗うという苦境のなかでも志を貫き通してきました。この島内さんたちが酸処理導入時に助言を仰いだのが出水の古賀重美さん。「酸処理に頼るな。海苔は愛情で答えてくれる」と古賀さん。

ほのかに甘く、いい香りが鼻に抜ける、柔らかく口の中でパラリと溶ける食感。日本人に生まれてよきかな。喝采!このアサクサ海苔を幻の海苔で終わらせたくないですね。

塩川恭子さん連載「おいしくて安全な食べものを食卓に」のバックナンバーはこちら

連絡先:

島内啓次さんグループ
(株)ヤマムロ
〒090-0056 北海道北見市卸町3-6-2
代表取締役 山室正則

出水市アサクサ海苔生産者グループ
北さつま漁業協同組合出水支所
鹿児島県出水市住吉町45番27号
出水支所 支所長  波戸親志

塩川 恭子(しおかわ きょうこ)
プロフィール:
青森県生まれ。出版社で女性誌の「食・暮らし」部門の編集担当。 その後、病弱だった子供の育児期間を通 して「生命を健やかに育む食とは」をテーマに、共同購入グループの設立運動に参加。広報、商品開発のメンバーとして全国の産地、メーカーを訪ね歩いてPB商品開発に携わる。流通共同研究所を経て独立。90年、東武百貨店池袋店の全面リニューアル計画に、(株)新生活研究所の食品ディレクターとして参画し、MD、商品開発、売場展開の指導にあたる。96年、「おいしくて安全な食べものを食卓に」届けるために、生産者、流通 、消費者の架け橋をめざして「食の学校」を主宰。全国各地の生産者や流通業者をはじめ、さまざまな分野で「食」の仕事に携わる人たちとともに、有機・無農薬栽培や自然食品など「日本のオーガニック」のあり方を学び、普及させるネットワークづくりを行っている。
http://shokunogakkou.com
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