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小学校の文集に「将来なりたいもの=調理師」と書きました

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川上文代(かわかみ ふみよ)さん

インタビュー 連載第3回

    渋谷区広尾にある料理教室、デリス・ド・キュイエール。主宰である川上文代さんは、辻調理師専門学校卒業後、国内外での修行を経て母校の教壇にも立たれるプロ中のプロです。専門もフレンチ、イタリアン、パティスリーを中心に多岐にわたり、現在は講師業のほか、本や雑誌のレシピ開発、店舗のプロデュースと幅広くご活躍中。バイタリティの塊とも言える川上さんのデリス・ド・キュイエールへの思い、そして「食」への徹底したこだわりに迫ります。

掲載日: 2009/12/18(金)

――川上先生が「食」に関わる仕事をすることになる、と思われたのはいつごろだったのでしょう。

川上 小学校の文集で「将来なりたいもの」に「レストランのおかみさん」「調理師」と書いていましたから、小さい頃からずっとですね。以来、気持ちが変わったことはないんです。

中学生のとき、テレビで辻調理師専門学校監修の「料理天国」という番組を見て、「お母さん、こういう料理つくって!」「どうやって作るの?」と大騒ぎしていたら、母が地元のお料理教室(池田幸恵先生)に入れてくれたんです。「自分で作りなさい」って(笑)。それから高校のあいだ、ずーっと通っていました。

教室で教わって作ったものを高校の部活に持っていくと「すごーい」「おいしい!」と喜んでくれて。最近、同窓会に行ったときも「誕生日に作ってくれたあのケーキが忘れられない!」と覚えていてくれる友達がいる。すごくうれしいですね。

 

_SSP1767a.jpg ――部活はなにをやられてたんですか?

川上 弓道です。我が家は「好きなものを早いうちに見つけなさい」という教育方針で、お稽古事もいろいろやらせてもらえました。料理と部活のほかに、ピアノ、算盤、油絵、塾も通っていたので、毎日忙しかったです。

――お忙しいのもその頃からだったんですね。

川上 でも楽しかったです。やってみないと才能があるかどうかわかりませんから、いろいろ経験してみるのはいいことだと思います。

●大学よりも「料理がしたい!」

川上先生の思いのほか大きな手になじんだペッパーミル.jpg――先生のご経歴で興味深いのは、大学の栄養学科に合格しながら調理師専門学校に行くと選択されたことです。

川上 栄養学科でも料理の勉強はできると思うかもしれませんが、私の希望は理論を勉強することよりも、とにかく「料理したい!」だったんです。

  周りは「大学合格おめでとう!」と喜んでいましたからすごく迷いましたが、「大阪の辻調(辻調理師専門学校)に行きたい」「料理を作りたい」と親に頼み込みました。

実は関西にも憧れがありました。東京には何度か行く機会がありましたが、この機を逃したら関西に行くチャンスはないかも、というのも辻調を選んだ動機のひとつでした。食いしん坊ですから「くいだおれの街」に興味があったんです(笑)。

辻調の小川先生の影響も大きかったです。当時大好きだった「料理天国」という番組で、フレンチを担当していたのが小川忠彦先生。憧れの人でした。

私の心はもう、「どうしても小川先生のもとで修行したい」で決まっていて。親も、やると決めたら絶対に諦めない性格だとわかっていたのでしょう。「後悔しないわね?」とだけ確認して、大学に入るためのお金を辻調に回してくれました。

●昼は調理アシスタント、夜は学生

モロッコ土産のタジン鍋.jpg川上 でも、辻調を1年で卒業して職員として仕事をするようになってから、大学に行っている友だちを見て「大学にも行ってみたいな」と思うようになり、それで大学の通信教育を始めました。
通信教育でも夜間のスクーリングの多いシステムだったので、昼間は辻調のアシスタントの仕事をみっちりやって、夜は学生。昼の力仕事でヘトヘトなのに、大学の体育の実習で卓球をやらなきゃならなかったり、もう大変でした。

大学は商業経済科を選びました。「将来お店を持ちたい」と考えていたから。

――ただなんとなく「大学に行ってみたい」と思っていたわけではなくて、ここでも目的がはっきりしていたんですね。

川上 少し心残りなのは、大学を卒業できていないことです。

就職後6年目で辻調の教壇に立つことになるのですが、それからすぐフランス・リヨン校への赴任が決まり、「また戻ってくるから」と大学に休学届けを出していたんです。 でも1年過ぎた頃、日本で辻調の国立校が新設されることになって、主任クラスの女性教員として東京に呼び戻されてしまって。「大学に戻りたいのにー」「フランスにもっといたいのにー」とちょっぴり不満もありましたが、新しい仕事への興味もすごくありました。 なにしろ辻調で初めてのフランス料理の女性講師でしたから、光栄でした。

――フランスではどんなお仕事をされていたのでしょう。

川上 辻調を卒業してフランス留学している学生に、現地の先生と一緒にフランス料理を教える仕事です。フランス人の教師と日本人の学生の橋渡し役ですね。だから、料理のフランス語はフランス人よりわかるくらいですが、日常会話は難しかったです。

フランスでうれしかったのは三ツ星レストラン「ジョルジュ・ブラン」で研修を体験できたこと。3ヶ月ほどでしたがとても勉強になりました。

●オープン3ヶ月で生徒100人の人気教室へ

_SSP1809.jpg ――日本に戻られ、辻調初のフランス料理の女性講師という大任を務められた先生は、30歳で独立を決意されました。

川上 はい。三十路に入ってすぐ「自分の力を試したい!」とお料理学校を始める決意をして1年後の辞表を出しました。辻調では12年勤務したことになりますね。

レストランをやることも考えたのですが、スタッフをたくさん雇わなければならないし、設備を整えるのも大変そうだったので、お料理教室を、今日取材に来られているまさにこの部屋でスタートさせました。

 資金があまりないうえに、広尾は家賃も高いですから、自宅も兼ねた限られたスペースが私の仕事場になりました。

恵まれていたのは、教室を始めてすぐにたくさんの生徒さんに来ていただけたことです。知り合いのシェフにお願いしてお店に教室のチラシを置いてもらっただけでしたが、いきなり35人くらいの方が来てくださって。 『ケイコとマナブ』という情報誌に告知を出したらさらに35人くらい集まって、『VERY』で取り上げていただいてまた35人。4月にスタートして3ヶ月で生徒さんが100人以上になりました。

――それは素晴らしい。

川上 お教室は本当に楽しいです。レストランをやっていたら厨房でスタッフと無心に料理をつくるだけで、それはそれでやりがいがありますけれど、今は生徒さんやスタッフといろいろお話しながらレッスンができますからすごく楽しいです!
デリスのレッスンは毎回すごく盛り上がりますから、友だちが遊びに来て一緒に料理を作っているような感じ。
仕事なのか遊びなのかわからないような毎日を過ごさせていただいてます(笑)。

(次回へつづく)

インタビュー=深澤真紀(タクト・プランニング) 
テキスト=橋中佐和(タクト・プランニング
写真=下村しのぶ

先生に直接学べる講座

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 講師: 川上 文代(かわかみ ふみよ)

日時: 2010年02月11日(木)祝日

場所: パーティスペース「Dreamia 新宿」
          (クリナップ新宿ショールーム内)

川上文代さんの講座開催決定♪

詳細はComing soon...

 

プロフィール

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川上 文代(かわかみ ふみよ)

料理研究家
「デリス・ド・キュイエール 川上文代料理教室」主宰

1965年、千葉県館山に生まれる。
1996年、東京・広尾に「デリス・ド・キュイエール 川上文代料理教室」を開設。
持ち前の明るさと気さくな性格と確かな技術に裏打ちされた “本物の技”は知る人ぞ知る存在となっている。
教室では本格的なフレンチ・イタリアン・パティスリーを中心に、基本の家庭料理、世界の料理、オリジナリティ豊かな料理を提案。
辻調理師学校外来講師、NHKきょうの料理講師、雑誌や新聞へのレシピ掲載、企業での料理開発、食育インストラクター、料理コンサルタントとしても活躍。

デリス・ド・キュイエール 川上文代料理教室HP

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デリス・ド・キュイエール

所在地東京都渋谷区広尾1-7-2 藤和広尾レジデンス404

TEL03-3406-0099

FAX03-6427-6969

 

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